2016年08月07日

能ある鷹は何故爪を隠したか

ドキュメンタリー映画「ヴィヴィアン・マイヤーを捜して」をレンタルで見ました。
今回はこの映画の感想を書くとしましょう。

一部では結構話題になったこの映画、何しろ膨大な数の写真を撮っていながら、一度も作品を公表することなくこの世を去ってしまった謎の女性写真家が居た、というセンセーショナルな筋書きを見たら、興味が湧かない訳はありません。
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(C)2013 RAVINE Pictures, LLC.

この映画を撮ったのは、そもそも彼女の存在をこの世に発掘した張本人(ジョン・マルーフ)によるものであり、言ってしまえば映画など撮ったことのない素人です。そのためか映画の内容は非常に淡々としたものでした。


歴史家であったマルーフが資料を捜す名目で、過去に取られた写真(ネガ)を中古で捜していたのが始まり。
オークションで大量のネガが出品されているのを発見し、彼はそれを買い取ったのだが、それがヴィヴィアン・マイヤーによる写真だった。
幾つかのフィルムを現像しネットで公表してみると、「素晴らしい写真だ」と大反響。
しかし、幾ら調べても「ヴィヴィアン・マイヤー」なる人物の情報が得られない。
しかし彼女の残したネガは次々見つかり、15万枚にも及ぶ膨大な数となった。
何故彼女はこれだけの写真を撮っておきながら一枚も世に公表しなかったのか?
そもそも彼女は一体何者だったのか?
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淡々とはいえ、一人の謎めいた人物を追ったこのドキュメントは極めて興味深かったです。
あらすじを見ると、もう何かのミステリー小説みたいな感じですが、実際彼女はとてもミステリアスな人だったようです。
乳母(ナニー)であった彼女は、自らを写真家だとは公言しておらず、あくまで趣味として写真を撮っていた節があります。

しかし実際彼女の撮った写真は非常に魅力的です。センセーショナルな部分が先行してしまうため、それで持ち上げられてるだけではないのか、と勘ぐりもしたくなりますが、写真の分からない私でも「あ、いいなこれ」と直感的に感じてしまうのですから、世界中の人が熱狂したのも頷けます。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

それにしては15万枚という数は趣味の範疇を超えています。知人だけには配ったり送ったりしてた、なんてなプライベートな範囲ですら見せていなかったのですから、純粋に「なんで?」と首をかしげざるを得ません。


しかし、映画をみるとそれなりに彼女の人となりのヒントは垣間見えます。
自分を写したセルフポートレイトが幾つか出てきますが、そこで写ったマイヤー氏の顔をみた私の第一印象は、
「なんか凄い闇をかかえてそう」でした。
こればっかりは感覚的な物で何とも言えないのですが、お世辞にも彼女の顔は健気な物とはほど遠く感じたのです。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

生前の彼女を知る人達のインタビューで分かることはそれを裏付けるもので、気難しくて口数少なく、変わり者だったということ。この辺は皆共通したマイヤーに対する印象みたいで、要するに少し近寄りがたい変人、という感じでしょうか。


それにしては、彼女は乳母という職に就き、沢山の子供達と一緒に時間を過ごしていたことになります。人付き合いが苦手、というような内向的な人間がやるような仕事じゃありません。そういう意味では彼女は決して人見知りではなかったのでしょう。
実際、彼女が撮った写真の、大半の被写体は人物像です。
これは彼女の写真がその他大勢のアマチュア写真と一線を画する大きな理由の一つだと思います。

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彼女はローライフレックスというカメラを愛用していました。このカメラ自体が味のある良い写真が撮れてしまうため、多分にカメラの性能による影響もおおきいのでは、とも取れるのですが、これでアマチュアが撮ってもせいぜい風景写真に終始してしまうのがオチです。

しかし彼女は街行く人達を切り取るように、あるいは肖像画のようにアップで撮ったりしています。だからこそ彼女の写真は他の写真と大きく違く見えるのだと感じました。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

今じゃスマフォやデジカメでトイカメ風の写真を簡単に撮れるため、ど素人でも良い感じの写真を残せる時代です。
下の写真はスマフォアプリのHipstamaticで私が撮った写真で、そこそこ良い感じの物が取れたと思うけど、やっぱり所詮はただの風景写真。

ヴィヴィアンマイヤーのような、その時代、その時間を切り取ったような写真を見るに付け、プロとアマ、写真に対する向き合い加減の違いを大きく感じます。
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それと個人的意見ですが、彼女によるローライフレックスの写真がスクエアの正方形だったというのも、インスタグラムなどでスクエア写真が一般的に浸透している今の時代にフィットし、大きな反響を得た一端を担っているのではないか、とも勘ぐってしまいましたが。
(まあ彼女の発見直後にインスタは流行ってなかったけども)

彼女の代表的な写真の一部は公式サイトで見ることが出来ますが、意外だったのは、70年代以降に撮られるようになったカラー写真。
実は個人的にはモノクロよりカラー写真の方が魅力的に見えました。有名なライカ等で撮ってるようなのですが、色合いと言い、構図と言い、もうアマチュアって感じがしないですね。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

しかし、こういった写真を見る度、どうしても「なぜ公表しなかった?」という想いに立ち返ってしまうのですが。
映画でも色々憶測は出てますが、結局彼女が亡くなってしまった後では、その真相は永久に闇の中です。
それだけに、マルーフ氏が2007年にネガを発見し、最初にネットで公表した次点ではまだ彼女は生きていて、本格的な捜査が始まった頃には既に亡くなってしまっていたのが本当に口惜しい(2009年没)。
映画を撮っている時にまだ彼女が生きていたのなら、彼女ははたしてこの大量のネガをどうして欲しいと言ったのでしょうか。今の大反響をどう感じたのか。
「きっと嫌がっただろう」「あと一押しの勇気が持てなかっただけだから好意的に受け取るだろう」色々憶測は言えるけども、明確な答えがでるわけもなく。

ちなみにアマゾンのレビューで本映画に対し「マルーフ氏が他人の遺産を利用して金儲けしてるだけ」とか辛辣な意見が出てて。はあ?と思ってしまいましたが。

15万枚ものネガを掘り起こしたマルーフ氏の行動力は並大抵の物とは思えません。あらゆる場所からマイヤー氏のネガを買い集め、美術館に保管を願うも断られ、結局自ら写真を管理・現像する事になったのですが、実際凄い時間とお金が掛かっているでしょうし(発見から映画公開まで6年もの歳月がかかっている)、その熱意は、多少邪な気持ちがあったとしても、賞賛に値すると思います。
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マイヤー氏がそれを望んだかどうかは結局知る由もないけど、少なくとも我々が知ることが出来たことの意味は大きかったと思います。
なにしろ、貸倉庫に大量にあったネガは行き場を失い処分されかけていたのですからね。
まあ要するに、マルーフ彼自身が一番の彼女のファンなんだな、と言うことに尽きると思うのですが。つまるところ、彼女の写真のファンといより、彼女自身のファンっていう意味での。


でも、ファンの想いと作者自身の想いは決して相通じるものとは限らない、というのを、以前ここでも紹介したことのあるゲーム「The Beginner's Guide」でつい考えてしまうのですけど。

そう思うと、ますますマイヤー氏の心情が謎に満ち、不可解ですね。
でも、ひょっとしたら、というのはあって、彼女が一切写真家という肩書きを名乗らなかったのは、「自分に写真家などと語る資格があるとは思えない」という、自虐的な一面があったのでは、という推測です。
自分の世界に引きこもってる人間ってのは、基本的に社会のはみ出しものって意識が強いから、自分の作品が受け入れられる訳がないって思いがち。だから怖くて世に出せない。勇気を出して見せて「くだらない」ってもし言われたら辛すぎる。だから怖い。だってもう傷つきたくないし。

勿論これもだたの憶測でしかありません。
でももしそうだったとしたら、世間から自分の作品が受け入れられたのなら、純粋に嬉しいと思ったはず。
まあ私が割とそういう人間だからって事もあるから、ひょっとしてそうなんじゃないかなって気がしただけです。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

私が漫画家を諦めてひっそりとWEBで公開したのもそれに近いのかもしれないね。
私の場合、脳内に垂れ流すばっかりでちっとも形にしてないぶん、マイヤー氏には足下にも及ばないのは明らかですけどね・・。
あーいかんね。もっと自分の世界を形にしないといけないね。

公開するかどうかは別にして(え



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2016年01月31日

君はもしかして・・・んなわけないか

「プリデスティネーション」というSF映画をレンタルで見ました。
非常に興味深い映画で、面白かったです。
という訳で、今回はこの映画の感想をちらっと書こうと思います。
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(C) Predestination Holdings Pty Ltd.

私はここ最近、事前情報もそこそこに、どんな内容の映画なのか良く分からないまま見ることが多くなりました。
宅配でいとも簡単に借りられるようになったお手軽環境も理由として大きいでしょう。あらずじも深く読み込まず、「お、面白そう、ポチ」って感じで借りてしまうので。
更に最近はアマゾンのプライムビデオも始まり、これも結構危険ですねえ。興味も無いのに次々試し見していつのまにか時間が・・・なんてことも。

今回の映画もまさにそんな感じで、ほぼ内容も知らずに見た映画です。せいぜいSFタイムスリップ物だ、という事前情報だけで。
ただ、それが今回も非常にプラスに働いたと感じます。やっぱり映画は頭をからっぽの状態で見た方が変な期待もせずに見れるので新鮮な気持ちで話に没頭出来ます。


この映画は、起きていた(はずの)大厄災を、タイムスリップして未然に防ぐことを生業としている時空警察の話で、このエージェントである主人公が任務のために過去にタイムスリップして物語が始まります。

・・・・で、ここで紹介するからには、当然この後の展開を多少なりとも説明するべきなんですが・・・。この映画の醍醐味を取っておくべきだと考えると、実はもうこの時点で説明できないんですよね・・・(はやっ)。
とにかくこればっかりは見て欲しいとしか言いようがなく、SF物に飢えている方には特にオススメです、としか。

展開としては結構意外な方向に話が進むため、面食らう方もいるかもしれません。でもこれも大きな伏線であり、最終的にひとつに繋がっていく構造なのが見事でした。
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この映画には原作があり、SF小説の巨匠ロバート・A・ハインラインが書いた短編小説が元になってます。この邦題が既にプチネタバレみたいな物になってるためあえて伏せておきますが、とにかくテーマとしては、他のタイムマシン物の小説や映画でもあるように、タイム・パラドックスを扱っています。

映画でも小説をかなり忠実に再現しているらしく、勿論テーマも同じです。元々ショート・ショート並の超短い話なんだそうですが、それを一本の映画としてまとめたという意味では、非常にうまいこと作ったと思うと同時に、「それでああいうシーンが延々と続く訳か」と納得もいきました。


なお、こういうタイムスリップ物は時間軸があっちへいったりこっちへいったりと激しく前後することが多いので、とかく話がややこしくなる傾向が多いですが、この映画も少々ややこしい映画だと言えます。
ただ、他の映画と比べれば割と分かりやすく作っている方で、結局何が起きているのか分からなかった、という事にはならないと思います。

逆に、ちょっと親切に描いてしまっている事が裏目に出て、最後のオチや、重要な伏線を結構早い段階から読めてしまう人は割と居ると思われます。
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実際、私もオチは大体予測ついてましたしね。でも、そこはさして重要ではなく、そこへ至るプロセスを描いた話でもあるので、大してマイナスには感じませんでした。

とにかくこの映画は、実に斬新な方法でタイム・パラドックスを提示している点で非常に興味深い映画でした。このプロットである原作が既に50年以上も前に作られていた事実に驚愕です。

低予算で派手なシーンもほとんど無いため結構地味な印象の映画ですが、SFドラマとして非常に見応えがあるので、興味がある方はレンタルで探してみてください。
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・・・そういえば最近某国民的アイドルグループの一人が、世界を救うためにタイムリープしてるのではないか、という都市伝説が飛び交い話題になってましたね。
じゃあ、あれですかね、その彼もこの映画で出てきたような時空警察のエージェントって事になるのかな?

本人がこの説に対して公式に否定する事態にまで発展しており、よっぽどみんな解散騒動でナーバスになってたんでしょうかね・・・(爆)。



さてと、そんな話はさておき、流石にこれだけでは書き足りないので、ネタバレを含む感想を以下に記しておきます。
未見の方はご注意ください。

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2015年11月29日

マネジメントがあなたを見ている

テリー・ギリアム監督の最新作映画「ゼロの未来」をレンタルで鑑賞しました。
今回はその感想とかを書こうかと思います。
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(C) 2013 ASIA & EUROPE PRODUCTIONS S.A. ALL RIGHTS RESERVED.

ギリアム監督と言えば「映像の天才児」たる異名を持つ、非常に独特な世界観の映画を撮ることで有名です。
未来世紀ブラジル」や「Dr.パルサナスの鏡」といった、非常にシュールな世界観で人を選ぶような内容の物から、
12モンキーズ」や「ブラザーズ・グリム」のような比較的万人でも楽しめるような作品も作っていますが、一貫して他の映画にはない独特な雰囲気やビジュアルが特徴で、私も少なからず影響を受けており、特に「未来世紀ブラジル」は見たときはかなり衝撃的な印象を受けたのを憶えています。

で、今回の「ゼロの未来」です。
予告のビジュアルからして、まるで「未来世紀ブラジル」の21世紀版みたいな印象を受ける世界観にビビッと来ないギリアム映画ファンはいないでしょう。
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元々映画の原題は「ゼロの定理」ですが、それを未来に変えているのは、単純にその方が見栄えがいいからという理由以外に、「未来世紀ブラジル」を意識しているのは明白かと思います。
まあ余計な話ですが、そもそも未来世紀ブラジルの原題は「ブラジル」という一単語のみ。流石にそれでは売りにくいと考えたか、特に未来を描いたSFという訳ではないけどSFっぽい世界観だったので、未来という単語が追加されたのかも。


ただ、未来世紀ブラジルが非常に人を選ぶ映画だというのは、ギリアム映画ファンならよく分かっていると思うのですが、それによく似た映画とあっては、正直映画としてはあんまり期待はしていませんでした。(え
ギリアム映画は、見た目から来るビジュアルは相当に刺さる物はあるものの、展開やストーリーが独特かつ、ブラックな笑いや意地悪な演出が多いので、意外とお話的に面白いとはお世辞にも言い難いんですよね。

なので今回の映画は、ギリアム監督独特の世界観を堪能するのが主な目的でした。つまり、ストーリーなんぞ二の次。

で、実際に見てみたら、本当にストーリーが二の次状態になってて、ちょっと愕然(笑)。
いや、分かってたよ、分かってたけども、その予想を上回る程の展開だったのでちょっとビックリしてしまったという。

下手をすると未来世紀ブラジルよりも遙かに人を選ぶ内容の映画になっていると感じました。
いやまあ、面白かったんだけどね。結局。

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物語の主人公であるコーエンは、人付き合いが苦手な所謂「社会不適合者」で、自分の仕事を在宅で済ませたいと会社に懇願していた。
彼の自宅にかかってくる、ある電話を待つために。

そんな中、会社から在宅で行う仕事がコーエンに任される。それは「ゼロの定理」を解明する仕事で、非常に難題とされるプロジェクトだった。
そんな折、彼に興味を持つ女性や、会社のマネジメントの天才息子がやって来るようになって、彼の環境は少しずつ変化していく。
はたして、ゼロの定理は解明されるのか? そもそもゼロの定理とは・・・。


今回の映画、未来世紀ブラジルを思わせるような独特な世界観で、一体いつの時代の話なのかは明確にされていません。
どこかの架空の世界のお話かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、未来世紀ブラジルよりかは、割とSF的要素は大きかったように感じます。言わば、未来社会を描いた作品であることは間違いない(少なくともそうであるかのように見える)からです。

しかし、その社会の描写は相変わらず奇抜なセンスが冴え渡ります。
秋葉原を参考にしたと言われる派手なカラーリングの街並みや、まるでゲーセンのアーケドマシンみたいなオフェス、液体で表現されたプログラム・データなどなど。
しかしこれらの描写はあながち現実を無視した奇抜なデザインとは言い切れないのが今回の映画の面白い所です。

例えば、カラフルな街並みは、広告で溢れかえればやっぱりアキバみたいに必然と暴力的なまでに色遣いが派手になるので、かつてのSFで表現されていたような、色が統一されたダークトーンな世界観よりも説得力があります。

まるでゲームでもやってるようなオフェスでの作業は、プログラミングやパソコンのアプリケーションが、より誰でも扱いやすく進化した結果であり、ここまで極端な物ではないにせよ、将来的に目指されている形であることは間違いありません。
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そんなわけで、「おや、意外とちゃんとSFしてる?」と思った本作、そういう意味では非常に楽しめた映画でした。


ただしストーリーに関して言うと、もう難解の一言に尽きます。
元々、あらゆる事に関して説明が詳しくはされないため難解と言うより、説明不足で入り込みづらい映画、という方が正解なのかもしれません。
なので、最低でも2回は見ないと本質的な物が見えてこないかも。

ただ、ビジュアルだけでなく、ストーリー的にも「未来世紀ブラジル」を意識したというか、それに近い物語ではあると思います。
秀才だが、社会との関わりを避けて妄想の世界に生きていた「未来世紀ブラジル」の主人公サム。
コーエンは割とサムの立ち位置に近い存在であり、進んでいく道筋も、割と近い物があります。
これ以上言うとネタバレになってしまうので言えませんが、本当に「未来世紀ブラジル」をもう一度最適解を模索して作り直したんじゃないか、と感じる部分もありました。

しかし結局何が言いたかったのかも明確にはされないので、ラストの展開とかはどうとでも解釈できる物なため、
「・・・は?」って感想を持つ人は多そうですね。
実際、そういう意見が出ても仕方ないと思います。演出や表現は極めてわかりにくく、私も、正直全部を理解できていません。

とはいえ、この映画は別に社会全体を風刺して捉えているような大それた映画ではなく、コーエンという生きていくのが下手くそな人間をひたすら描いている、割と小さな世界観の映画である、というのはおおよそ分かるのですが。
詳しい解説は、もっとコアな映画ファンに譲るとして、個人的にこの映画で気になった点をもうすこし深く掘り下げてみます。


私が気になったのは、やっぱり前述もした、コーエンがやってる仕事の描写ですね。
キーボードの代わりにゲームコントローラを持ち、画面も本当にゲームをやってるような3Dグラフィック画面。
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正直、ゼロの定理の解析自体にどんな意味があるのかも分からないので、作業工程も結局意味不明ではあるんですが、恐らくプログラミング的作業をビジュアル化してわかりやすくした物だと思います。
監督としては、多少なりとも皮肉を込めてこのような形にしたのかもしれないけど、これってビジュアル・スクリプティングの究極的完成系なのかもしれません。

個人的には、これって要するにレベルデザインツールみたいな物だよなあ、と感じたわけで、誰もが扱えるように全てGUI化して操作を単純に、極力プログラミング要素を廃して全てビジュアル化する、という概念がレベルデザインツールによって磨かれてきた分野であり、そのレベルデザインツールに慣れ親しんできた身からすると、前述したように、この映画で描かれている世界観はあながち奇抜とも思えず、むしろ「こうあってほしい」と思える物でした。

てなわけで、この描写には個人的に興奮を憶えてしまった訳ですが、まあそういう事を抜きにしても、相変わらずのデザインセンスに惚れ惚れします。


まあ結論としては、ギリアム映画ファンには間違いなく必見、それ意外の方にはまあ・・・・どちらでもどうぞ、という感じでしょうか(爆)
ただ、ギリアム監督にしては、彼特有の毒っぽさは控えめだったので、そういう点では割と見やすい方だったかも。脚本が今までと違う人なのでその影響もあるのかもしれませんが。だから個人的には割と気に入ってます。

コーエンという主人公に好感が持てたのも良かった。彼は気難しくて取っつきにくいキャラクターですが、なんかほっとけないオーラが出まくっていて、母性本能をこれでもかと刺激します。日本語吹き替えでは声優さんの演技が見事にはまっていて必聴ですよ。
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個人的にギリアム映画の傑作は「未来世紀ブラジル」ではなく「12モンキーズ」の方だと思ったりしてるんですが、これは彼の独特のビジュアルセンスを保ちながら、割と入り込みやすい世界観とストーリーを持ち合わせているからです。ラストは一部分かりにくくて賛否を引き起こしていますが、理由が分かると、凄くいい映画だと思えました。

ギリアム映画未体験の方は、まずは12モンキーズで体を慣らしてからブラジルや今回のゼロの未来を見た方が良いかもしれませんね。最初からは中々ハードルが高い。


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最後に、ここのシーンも個人的には「おや?」と釘付けになったシーン。
テーブルの上にあるのって、KIKKERLANDのゼンマイおもちゃではないか・・・・! でも、多分これ映画用のオリジナルモデルっぽいですね。




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2015年09月20日

重力を制した者が宇宙を制す

色々あって中々更新できない日々が続いてますが、久々の連休、ちょい余裕が出来たのでようやくなんか書こうと思います。
今回は映画「インターステラー」の話。

最近レンタルでようやく見たんですが、いやあ結論から言って本当に楽しめた映画でした。
こんだけ濃厚なSF映画を見たのは久しぶりです。

監督はバットマンシリーズでお馴染みのクリストファー・ノーラン。
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(C)2014 Warner Bros Entertainment Inc.

地球が疫病と大気汚染で食物が育たなくなったせいで人類は絶滅の危機に。酸素も減少の一途をたどり風前の灯火。
そこでNASAは、土星付近に出来たワームホールを利用して、新たに人類が住める惑星を探す「ラザロ計画」を立ち上げる。
その重要な任務に選ばれたのが、元宇宙パイロットのクーパー。
クーパー率いる科学者チームは、既に各惑星に散った探査船から送られてくるシグナルを頼りに、人類が住めそうな惑星を
求めて長い宇宙の旅へと向かうのだった。娘のマーフに「必ず帰ってくる」という言葉を残して。


考えてみると、ノーラン監督の映画を取り上げるのは今回初めて。
別に避けてた訳ではなくて、バットマンシリーズは全部見てるし、前作インセプションだって見てて、面白かったんですけどね。

そういえばノーラン監督の映画は、絶大な支持を受ける一方、映画好きの間では割と薄笑いな感じで冷ややかに見られてる印象があります。
ネットでレビューを巡ると、高評価の裏で、「二度とこの監督の作品は見ない」などと激烈に怒っている感想などが散見されるのです。
重厚な作りだが、実際は重厚なだけで中身は薄っぺらだとか、話の構成が実は旨くない、とか、いわゆる「格好付けてるだけの監督」という認識らしい。

まあ、バットマンシリーズやインセプションは超ハードボイルドな雰囲気で作られていましたから、そうなるとハードルも上がってしまうわけで、構成や脚本にちょっとしたミスがあっただけで大きい穴に感じてしまう。
で、実際そういう小さい穴が無数に開いているが故に、そう思われているのかもしれません。

実際、今回の「インターステラー」も、結構小さい穴が無数に開いているので突っ込みどころは結構ある映画です。
だけど、本映画はそれを補って余りある、実に「SF映画」を見ているという充実感に溢れており、終始興奮しっぱなしでした。

監督もはっきり明言していますが、あのSF映画の傑作「2001年宇宙の旅」を完全に意識した内容になっており、この映画に多大な影響を受けたSF好きには、ニヤリとするようなシーンが幾つもあり、そういう意味でも非常に楽しめました。
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宇宙ステーションへのドッキング、未知なる力に導かれての探索、相棒となるロボット、テレビ電話・・・などなどなど、いわゆる、「SF的ロマン」のツボをちゃんと抑えているわけです。

中でも、探査の補佐役として同行する人工知能を積んだロボット「ターズ」と「ケース」の存在が面白い。
明らかに「HAL9000」を意識したキャラクターで、とても人間くさい一面も持った、小粋な連中です。形もシンプルな長方形で、ガコンガコンと自身を分岐させて前進する、何とも不思議な形状。
なんかどうしても「モノリスっぽくしたかっただけだろ」と突っ込まずにはいられない、なんとも無茶な形状をしてるんですが、とても頼りになる相棒として描かれており、そういう意味では頼もしくて凄く面白かったです。こういうキャラに私は弱いからね(笑)。
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ストーリー的には、家族で楽しめる映画だと監督は言っていますが、とはいえ、「2001年」を踏襲した映画とあっては、中々そうも言っていられません。この映画のベースがいわゆる「ハードSF」なのは相対性理論などを出してくる所からも明らかなので、子供が何の予備知識もなく見てスンナリ内容を理解できるかどうかは疑わしいです。

そういう意味では近年希に見るほど、かなり「ハードSF」色が強い作品である事は確かで、最近こういった感じの映画が少なくなってきているので、そういう意味でも貴重な映画だと思いました。

ただまあ、そうは言っても、そんなに小難しい事を言っているわけではなくて、たとえば時間がゆっくり進むことによって1時間が地球時間の7年に相当するとか、理屈は分からなくとも、そういうものなんだと受け流すことが出来るので、割と親切な作りではあります。
「2001年宇宙の旅」が、言わば当時の少年達のSF的な知識の入門であった事には間違いなく、この「インターステラー」も、そういったSF的知識の入門としては、中々良い入り口なのかもしれません。

物語上、この相対性理論の時間のずれによって起こる事態が、非常にせつなさを感じさせます。これは素直に旨いやり方でした。やっぱり時間と空間を主軸に置いた物語は、色々想像が出来て面白く、ロマンがあります。私、やっぱりこういう話好きなんだなーと再認識。


逆にもちろん、映画評論家がうるさく言ってくるのも分かります。SF映画なのに突っ込みどころが多い。
そもそもなぜ帰る見込みも薄い宇宙探索が無人ではなく有人でなければならなかったのか、その時点で引っかかります。実は劇中、マン博士が何故なのかを軽く説明しているシーンがあるんですが、理由としてはちょっと弱くて納得不足。
その最大の理由が、あのロボット「ターズ」によるところが大きい。

正直、このターズのオーバーテクノロジー感が半端無く、明らかに浮いています。彼等が自在に動ける&非常に人間的な感情表現をする物だから、そのせいでマン博士の話に説得力がなくなってしまってるんです。
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インセプションの時もそうだったんですが、あえてSF的な世界観を廃し、通常の現代社会と殆ど変わらない佇まいで見せていく手法を取っているので、一見近未来SFに見えないんです。そもそも明確にいつの時代なのかも劇中で明かされてません。
なので、ひょっとしたら結構先の未来の話なのかもしれないと色々想像は出来るのですが、結局それをハッキリと感じさせるのがターズしか無いので、それが浮いている原因になってしまってます。

SF映画なんてもんは、嘘も方便で、なんかもっともらしい理由さえデッチ上げればどうにでもなるっちゃなるので、もう少しこの辺はしっかり穴を埋めておいて欲しかったです。まあ相棒のロボットを出すからには、これくらい魅力的なやつじゃないとダメだというのは分かってはいるんですけどね。


でも、やっぱり私がこの映画を大好きになってしまったのは、やっぱりラストの展開ですね。当然ネタバレになるので詳しくは書けませんが、非常にSF映画的な展開で興奮してしまいました。ああ、SF映画ってやっぱり良いな・・・と改めて思った次第です。

「2001年宇宙の旅」はラストで誰にも分からない謎を放り投げて終わってしまいましたが、「インターステラー」はそれなりに落とし前を付けて終わり、複線も回収しているので見事でしたね。流石にこの映画が「2001年」を超えたとまでは言いませんが、この部分に関して言えば、かなり頑張ったのではないかと思います。
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それと、やっぱりこの映画の雰囲気にやられます。ノーラン節とも言えるこの重厚な雰囲気は、評論家共が薄っぺらいと揶揄しようが、やっぱり見ていてとても気持ちがよい。そしてそれはとてもSF映画と相性良いんだと思います。

ゲームでも何でも、なによりまずぞの「雰囲気」が何であるかが楽しむ上で重要な位置を占めている私の感性は、話の構成やプロット、組み立てかたの方を重視して見る映画評論家連中とは、そもそも楽しみ方の根本的概念から違っているのだろうと、改めて思いました。





最後に、軽くネタバレを含む感想を書きます。
以下、未見の方はご注意ください。

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2015年04月05日

この忙しさ、きっと奴らのせいだ。

懐かしいDVDをレンタルしまして、久々に鑑賞してしまいました。
ついでなんで、ちょっとその映画を紹介しようかと思います。
「ゼイリブ」というSF映画です。
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(C)1988 StudioCanal. All Rights Reserved.

80年代後半の映画ですから、かなり古い映画となってしまいました。監督は「ジョン・カーペンター」。まあ映画マニアなら彼の名は幾度か聞いたことがあるはずです。
B級SF映画の巨匠と呼ばれている人です。その肩書きが誇らしい物なのかどうかはまあ置いとくとして(笑)、「遊星からの物体X」「ニューヨーク1997」など、当時の「いかにも」なSF映画を撮っていた事で有名ですね。

この人の代表作と言ったらもう「遊星からの物体X」になるんでしょうか。あれはビジュアル面から言っても相当衝撃的な映画でしたから。寄生獣とかなんかも、少なからずこの映画の影響を受けているハズですし、私も初めて見たときは「こんなんアリなのか」と、怖いのに笑ってしまうほどでしたから。

でも、個人的にこの監督作品で一番好きな映画は「ゼイリブ」なんですよね。

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主人公のネイダは職を探しながら転々とするしがないホームレス。彼はとあるホームレス達が集うコミューンの中に入るが、その時に奇妙なサングラスを見つける。

そのサングラスをかけると、本来見えるはずの物が全く別物となって見えるのだった。
広告には「服従せよ」「消費せよ」といった暗示の文字が浮かび、一部の人間はまるでガイコツのようなモンスターに。
実はそれこそが真実の世界の姿だった。
なんと、地球は遙か昔から、このモンスターのようなエイリアンに支配されており、彼等は何食わぬ顔で人間になりすまして生活していたのである。

この事実を知ったネイダは、洗脳マシンの破壊を目指すレジスタンスに参加し、エイリアンによる支配と戦う決意をする。


この映画は、当時のアメリカの世相を大きく反映しているため、大きな貧富の差や、金儲け主義といった物に対する大いなる皮肉や風刺が盛り込まれた映画ではありますが、それによるエイリアンの描き方がとても変わっていて、そこが個人的に凄く面白いと思った点ですね。
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町中に命令や暗示を潜ませて、それを催眠効果のある電波を流して事実から隠し、徐々に人間達をコントロールしていく。

いわゆる「武力支配」ではなく、相手に気づかれぬようにミッションを遂行する戦略的支配であり、非常にずる賢い感じが出ていて良い設定だなと思いましたね。
そもそも、武力行使なんて頭の悪い連中のやる事であって、高度なテクノロジーを持つ生物がそんな手段を取るわけが無いのですから、当時から見ても、随分と斬新な侵略者だなーと感心してしまいました。

もっとも、そのやり口はある意味でかなり回りくどいというか、そこまでやる必要あるかね、もっとスマートな方法がありそうだけど・・・と、思わずツッコミたくなる点も色々あるわけだけど、なんといってもこの映画の場合、今見ている風景は実は偽物で、本当の世界は、我々をコントロールするためだけの命令で溢れていた、という描写が凄くショッキングで印象的だったんですよ。
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サングラスをかけることで色が白黒になり、そこに浮かびあがる暗示の文字。非常にシュールですが、サブリミナルのように実は隠しメッセージが隠れていた、という現象を思わせ、全くの絵空事に思えないというのが面白い。

そして、もうホラーのようなガイコツ姿のエイリアン。でも彼等は人間になりきって社会に紛れているため、普段の言動や行動はほぼ人間と変わりません。
正体がばれても、別に突然冷徹になるわけでもなく、割と人間くさい連中です。そういう意味では、実は人間と変わらないんですよね。そこもまた、結局我々人間にも、そのエイリアンと同じ負の部分を抱えている証でもあると言わんばかりであり、興味深いところです。
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ラストは、かなりあっけない終わり方で肩すかしを喰らってしまう人もいそうですが、いかにもSF映画的な終わり方であり、面白かったですね。

低予算でそんなに凝った映画ではないし、主人公役の人が現役プロレスラーだった事もあってか、妙に長い格闘シーンが違和感ありすぎでポカーンとする所もありますけど、ちょっとヒネたSF映画として、凄く面白かったです。
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でもこのエイリアンのやってる事って、例えばミヒャエル・エンデの名作「モモ」に登場した、「灰色の男達」と凄く相通じる所がありますね。

灰色の男達は、人間に時間の大切さを促し、時間を節約させる分、それを自分達の物としてしまう。人間達は、節約している分が失われていることに気づかない。そして、日々がめまぐるしく過ぎ去っていく。

私達が毎日何も疑わずにやってる事は、本当に正しいことなのだろうか? という、非常に根源的な疑問を投げかけるというのは、ある意味で人間社会としては永遠のテーマかもしれません。それ故に、幾度となくこうして「仮想敵」として世界が描かれるのでしょうね。
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まあー、特にに日本人は世界的にみてもトップレベルで働き過ぎの人種であるわけだし、そういう意味ではゼイリブのエイリアン達からしてみれば、格好のエサでしょうな、日本人は・・・。灰色の男達からしても。
それこそが日本人、と誇らしい面もあるけど、でもやっぱ働き過ぎだよ。

ゴールデンウィークが過ぎたらあと7月後半まで祝日がないとか、冷静に考えたらちょっとひどくない?(笑)



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posted by KS(Koumei Satou) at 20:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする