2018年03月11日

子供心に良くあるありきたりな物に見えてました

ブレードランナー2049をレンタルで見たので、今回はこの映画の感想を書こうと思います。

まあこの映画の話が出たときは目を疑いましたね。SF映画の中でも極めて影響力がデカいエポックメイキングな作品の筆頭であり、この映画がもたらしたムーブメントや世界観の影響力と言ったら、この映画が無かったらこの先の○○は無かったなんてものが膨大にありすぎてもはや神格化しているレベルなので、それだけにウルサ型のマニアが大勢いるのは当然で、作られたところで絶対ファンに受け入れられるわけがない、というのが戦う前から分かっているのですから。

でも何を間違ったか出てきてしまった続編。流石に前作を見たのもだいぶ前だったので、これを見る前に前作を見て予習しておきましたよ。というわけで万全の体制をもって挑んでみましたが。

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c 2017 Alcon Entertainment, LLC. All Rights Reserved


まず、感想を書く前に言っておかねばならない事があります。私はSF映画の大ファンであり、沢山のSF映画を見てきました。フェバイリットな映画も多くあります。そんな中で、前作の「ブレードランナー」は、実はそんなに個人的には気にいっている映画ではありません。
確かに、ハードSF感満載の設定とシナリオ、ディストピアな未来像に、のちに大きな影響を与えることとなる「サイバーパンク」なる圧倒的なビジュアルによる世界観は、後世に残るほどの物だという事に異論はありません。見事という他ないです。
しかし、自分の好きなSF映画ランキング、という物をもしリストアップするって事になった場合、間違いなくこのブレードランナーはトップ10のランク外に追いやられます。
その最大の理由は、やはりこの映画最大のウリである「サイバーパンク」というものにあるのでしょう。要するに私、あんまりこのサイバーパンクという世界観にピンと来なかった人間なんですよね。

私はどちらかというと、無駄な物を一切省いたシンプルなもの、例えば2001年宇宙の旅とかトロンとか、そっちの路線の方が好きなので、ゴチャゴチャといろんなものがごった煮となったカオスな世界観は、当時からしてもむしろ現実社会に割とリアルにつながっている感があって、それだけにありきたりに見えてしまい、あんまりそこにファンタジーやロマンを感じることが出来なかったのだろうと思います。

当時最初に見たときは、主人公のデッカードに全く見せ場が無く全然ヒロイックに描かれていなかったがために、ラストも何とも煮え切らない終わり方をしてしまったので、「・・・なんだこれ?」って困惑した覚えがあります。
いまでこそ、この切ない物語の終息の仕方は充分アリだと思えますが、どっちにしても相当マニアックな映画だったことは事実でしょう。


というわけで、そんなに強い思い入れがあるわけではないというスタンスで見ることになった今回の続編。
とは言え監督のヴィルヌーヴ氏はここでも以前紹介した映画「メッセージ」のメガホンを取っている人なため、そういう意味ではどう料理しているのか興味はありました。
そして勿論ここまで神格化した映画の続編がどうなるのか、についても単純に気になるところではありますよね。

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人造人間であるレプリカントのテロ行為により世界が一度リセットされるような大惨事が起きたことで、タイレル社製レプリカントの製造は禁止に追いやられる。
しかしそれから十数年後、問題を克服したレプリカントが生まれ、再び製造が開始される。
その新型のレプリカントである一人、通称"K"はテロを引き起こした旧式のネクサス8型を解任する仕事を請け負っていた。つまりはブレードランナーである。

そんな彼のいつもの業務中にあるものが発見され、そこから物語は意外な方向へと発展していく。


まず見て思ったことですが、当然ながら前作ありきの作品になっているため、とにかくどのバージョンでもいいのでなにかしら前作をちゃんと見ていないと、全く話についていけないと思いました。
そういう意味では最初から万人向けには作られておらず、元々マニアックなカルト作品なので、そういう方向性は間違っていなかったでしょうね。なので前作を予習しておいて正解でした。

更に言えば、レプリカントとか、そういったSF設定もある程度理解していないともう何のコッチャになるので、考察や解説とかを読んである程度の理解が必要になるかもですね。前作の時点で、そういったSF知識は最低限持った状態で見てますよね?前提で話が進んでいくようなフシがあったので、実は軽い気持ちで見るべき映画ではないのかもしれません。

そんなわけで非常に窓口が狭い状態のマニアックな映画、興行収入があまり振るわなかったと伝えられていますが、前作の時点でそうだったので、そういう意味ではまさに順当な続編という事になるのでしょうか。
つまりそれは、何もかもがうまくいっていない駄作、という事ではなく、こだわりを尊重するあまりエンタメ性を度外視したカルトムービーという意味合いが強いわけで、前作も本作も結局はその路線を歩んだんだな、と思わせました。
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個人的には非常に画面やビジュアルにこだわりがあり、SF映画としては非常に楽しめた作品でした。少なくとも駄作などといったレベルのゴミには成り下がっておらず、非常に健闘した作品だと思います。なにしろ、絶対負け戦になるに決まっている、っていう最低ラインのスタートだったわけですから。


ただ、この映画をファン達が好意的に受け止めたかどうかは疑問が残ります。ブレードランナーの世界観を踏襲した忠実な映画であることは間違いないのですが、それにしては前作にあった「ゴチャゴチャしたカオス感」が希薄に感じたからです。
この点は色々他の所でも考察されていますが、恐らくあえてここは一緒にはしなかったようで、どちらかというとスッキリとした、洗練されたデザインが目を引く絵作りになっているようでした。
ただ、個人的にはこういうデザインの方が好みなので、悪い気はしませんでしたけどね。でも、ブレードランナーといえばあのカオス感、というのは私もそう思うので、やっぱりどうしても前作に比べておとなしめに感じてしまうのは致し方ない部分もありますね。
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でもこのカオス感を意図的に出すのは難しいですね。最近では攻殻機動隊もハリウッドで映画化されてましたが、ここでのサイバーパンクもなんというか凄く嘘っぽく感じるもので、あまりカオス感は出てない印象でした。

実際の所、こういったサイバーパンクが描いていた未来社会の時代にとっくに突入してしまった現代では、いまとなっては存在しないファンタジーの世界になってしまったわけで、「きっとこうなっていくだろう」という予測をもとに描いていた前作に対し、今では「元がこう描いていたので、こういう描き方になるだろう」という発想にしかならず、どうしても画面からくる説得力の部分で差異が来てしまうのでしょうか。
当時前作を見たときは「ありきたりだなあ」と思っていた世界観が、今やファンタジーとなってしまったというのは皮肉な物です。
まあ100年後の未来はこうなってるかもしれないみたいなワンチャンはあるような気もしますが、それは置いといて。
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物語に目を向けると、これも前作同様、かなり切なく空しい感じになっているので、そういう意味では順当に作ったなあ、という感じはしました。ネタバレになるため言えませんが、ラストは軽く感動しました。
ただ、敵対する側の人たちの描写がなんともB級映画チックで安っぽく感じたのはちょっと残念。まあ不満はそれくらいでしょうか。


ただ前作、そして今作を続けて見たことで、ハッキリと確信したことがひとつあります。前作がなぜここまで幾多のサイバーパンクな世界観の作品で、ここまで飛び抜ける事が出来たのか。
それはおそらく、音楽。この要因が無茶苦茶デカイのでないのか、そういう風に思いました。

前作はあの巨匠ヴァンゲリスが手掛けていました。炎のランナーのサントラなどで一躍有名になった彼ですが、幽玄なシンセの調べが特徴的な彼のスコアは、当時私が前作のブレードランナーを見たときは、「彼の曲はサイバーパンクの世界とはかけ離れているような気がするんだがなあ」という違和感がありました。正直ミスキャストだと思えたほどです。

しかし、今見ると明らかにそれが異質であり特徴として際立っていることを理解できます。彼の幽玄な音楽があるからこそ、ブレードランナーの一種カオスな未来像に大きな説得力を持たせ、広大な世界が広がっていると錯覚させたのだと思います。

本作2049ではヴァンゲリスの代わりに、ハリウッド映画の常連ハンズ・ジマーやベンジャミン・ウォルフィッシュが手掛けています。何故ヴァンゲリスではないんだ、とファンのから不満の声もあったようですけど、彼らも本作で相当健闘していると思います。

当初は映画「メッセージ」でも手を組んだヨハン・ヨハンソンが手掛ける予定だったようですが、結局は使われなかったようで。そこはファンである私としては残念だったのですが、実際にサントラを聞くと完全に前作のヴァンゲリスの雰囲気を踏襲したうえで、現代音楽的な曲調で攻めた2049は、負けず劣らず世界観の説得力や広大に広がる雰囲気を助長し、前作からあった幽玄な雰囲気を受け継いでいます。
これがもっと今風のアレンジを効かしたキャッチーなサウンドだったら、全く違う雰囲気になり、何処にでも良くあるタイプのSF映画に見えていた可能性も否定できません。それは前作に対しても同じことが言えると思います。
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その観点で言うと、よくまとめたなと大満足なサントラになってました。
ただ、ボツになってしまったヨハン版のスコアはどうなっていたのかは気になるところですね。聞くところによるとヴァンゲリス風味が足りなかったそうなので、だとすると妥当な判断だったかもですね。
でも彼も実験的かつ攻めたサウンドで定評があるので、どういう雰囲気だったか一度聞いてみたいものです。


総括すると、まあ特に思い入れはないという色眼鏡が無かったという事も幸いしたのか、うまく作ったなあ、という感想で、普通にSFとして楽しめた作品でした。
ファン目線を考えた場合、色々文句が出そうだな、やっぱり、という懸念は当然ながら拭えないものの、最近のハリウッド的な万人受けすることを前提とした作りを抑え、非常に作家性を打ち出した本作はある意味で妥当な続編になったと思います。
なにしろ上映時間が3時間近くありますからねえ。これほとんどの人はついていけないんじゃないかな。
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これ何度も言ってるけど、結局みんなハリウッド映画スタイルに慣れすぎなんだよね。まあ2時間から一時間半は確かに丁度良い長さだけど。



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posted by KS(Koumei Satou) at 21:53 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

前に進んでるんじゃない、立ち止まって全部を見てるんだ

今回は久々に映画の話題を。
レンタルで「メッセージ」を見たのでそのレビューをしようかと。

予告を見て以来、ずっと気になってた映画でした。一見すると、画角や演出的な部分で凄くクリストファー・ノーランとかあの辺のイメージが湧いたのですが、実際には全く違う監督で、今ではブレードランナー2049も手掛けたことで有名なため、今後も大いに活躍が期待される人と言えるでしょう。
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c 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.

ある日突然、地球に12隻の未確認飛行物体が現れ、地上に降り立つ。全世界がパニックになる中、肝心の飛行物体はそこから全く微動だにせずアクションを起こそうとしない。
主人公である言語学者のルイーズは軍から要請を受け、この物体の中にいる「エイリアン」が一体なぜやってきて、何を目的としているのかを調査するため、この謎の訪問者とのコンタクトを試みようとする。


あらすじからもわかる通り、これはSF映画なのですが、その中でもかなり濃厚な、非常に「SF」という名にふさわしいハードなSF映画になっています。つまり、SFというのはガワだけで、実はアクション映画だとかそういう事ではなく、純粋にまっすぐにSFを描いている映画であり、そういう意味ではかなり人を選ぶような内容になっているとも言えます。

なぜならこの映画は言葉の通じない謎のエイリアンとの対話のシーンが大半で、これといった盛り上がりもあるわけではないので、ある意味で非常に地味な映画です。
いわば密室劇のような趣もあるので、そういったミステリーの要素もあるかもしれません。いずれにしても、ここ最近よくみられる、アクション満載のごった煮ハリウッド映画とは全く違う映画であることは確かです。
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エイリアンとのコンタクトを試みる、という話を聞くと、ジョディ・フォスター主演の映画「コンタクト」がまず思い浮かびますが、あちらとは結構アプローチは違う映画です。
この映画の場合、エイリアンとのコンタクトが既に成された状態で始まりますが、なぜかエイリアン側は積極的にアプローチすらしてきません。
そんな中で人間側から積極的にアプローチをして、徐々に対話が成り立っていく、という物語ですので、映画コンタクトのように、エイリアンとの「第三種接近遭遇」が目的ではなく、その後どうするのか、という話なので、内容はかなりピンポイントでそこに焦点が向けられています。


そのため、徐々に彼らとの対話が成立し、彼らの目的が判明するまでのプロセスが丁寧に描かれていくため、ここはまさにSFとしての醍醐味が光る部分でした。そういう意味では非常に面白かったです。
徐々に謎が明らかにされていく、という意味では前述したようにミステリーや推理小説のような趣もあるため、その点については割と万人が楽しめるのではないかと思います。
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とはいえ、その謎の真相の部分が、かなりSFとしての要素が強いため、人によっては「???」で終わる可能性も高く、見終わった後に「結局何が言いたかったんだろう」という感想になってしまう危険がありますね。
この辺を語ると当然ネタバレになるためあまり詳しく言えないのがもどかしいですが、丁寧に話を追えば、大方の筋は理解できるようにちゃんとなってますし、そこまで難解な映画でもないと思います。

しかし、こうした無骨なSFはそう多くは無いため、免疫がないと理解できない人も多かろうというのは事実です。私も後半クライマックスの展開で、完全に内容を理解できたかというとそうではなく、後から考察を読んだり、もう一度見返したりして「あーなるほど」と理解したクチなので、やはり何度か見返す必要がある映画、ではあるかもしれません。


それでも、SF好きなら絶対に面白い映画であることは間違いなく、万人向けではないかもしれませんが、非常にオススメの一本だと思いました。
ある意味でかなり特殊な会話劇、密室劇でもあるので、そういう地味な映画でもありますが、濃厚なSF映画というのはえてして地味な展開になりがちなので、逆説的に凄い「SFしているSF」である証といえましょう。
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最新作のブレードランナー2049はまだ見ていませんが、この映画を見た後だと、「少なくとも駄作にはなってないんだろうな」という保証がついたような気がします。見せ方や構成も見事でしたからね。
まあブレードランナーはウルサ型のマニアが大勢いることで有名ですので、絶対に批判にさらされる宿命にあるとは思いますが、とりあえず遅かれ早かれ見ようとは思います。

そういえば、この映画もブレードランナー2049も、音楽をヨハン・ヨハンソンが手掛けています。この監督の映画は常に彼がスコアを担当しているみたいですが、映画音楽を手掛けるようになる以前から彼の音楽のファンであった身からすると、非常に感慨深いものがあります。
そして、流石彼のサントラは凄い。映画メッセージでも彼のセンスが爆発していて、クレジットや劇中に流れるメインテーマの旋律は、かなり実験的なのにも関わらず、非常に味わい深い素晴らしい楽曲でした。
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ヨハンの楽曲はサントラ以外のソロ作品も素晴らしい物が散々あるので、ぜひ聞いてみてください。
4ADレーベル時代の物が特にオススメ。

あーちなみに、映画の冒頭に流れる悲しげな弦楽器の調べは、ヨハンの曲でありません。ヨハンと同じく新鋭の現代音楽家の一人でもある Max Richterの楽曲(Blue Notebooks "On the Nature of Daylight")です。
何故ここだけMax Richterの曲が使われているのかは謎ですが、取り合えずヨハンと同様に、今後の現代音楽をしょって立つ最重要人物ですので、覚えておいて損は無いですよ。




さて、ネタバレになってしまう案件が多くて語りにくいこの映画、流石にここから先はネタバレ全開で感想を描こうと思います。
そのため、まだ未見の方はここから先は読まないようお願いします。

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posted by KS(Koumei Satou) at 22:57 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

能ある鷹は何故爪を隠したか

ドキュメンタリー映画「ヴィヴィアン・マイヤーを捜して」をレンタルで見ました。
今回はこの映画の感想を書くとしましょう。

一部では結構話題になったこの映画、何しろ膨大な数の写真を撮っていながら、一度も作品を公表することなくこの世を去ってしまった謎の女性写真家が居た、というセンセーショナルな筋書きを見たら、興味が湧かない訳はありません。
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(C)2013 RAVINE Pictures, LLC.

この映画を撮ったのは、そもそも彼女の存在をこの世に発掘した張本人(ジョン・マルーフ)によるものであり、言ってしまえば映画など撮ったことのない素人です。そのためか映画の内容は非常に淡々としたものでした。


歴史家であったマルーフが資料を捜す名目で、過去に取られた写真(ネガ)を中古で捜していたのが始まり。
オークションで大量のネガが出品されているのを発見し、彼はそれを買い取ったのだが、それがヴィヴィアン・マイヤーによる写真だった。
幾つかのフィルムを現像しネットで公表してみると、「素晴らしい写真だ」と大反響。
しかし、幾ら調べても「ヴィヴィアン・マイヤー」なる人物の情報が得られない。
しかし彼女の残したネガは次々見つかり、15万枚にも及ぶ膨大な数となった。
何故彼女はこれだけの写真を撮っておきながら一枚も世に公表しなかったのか?
そもそも彼女は一体何者だったのか?
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淡々とはいえ、一人の謎めいた人物を追ったこのドキュメントは極めて興味深かったです。
あらすじを見ると、もう何かのミステリー小説みたいな感じですが、実際彼女はとてもミステリアスな人だったようです。
乳母(ナニー)であった彼女は、自らを写真家だとは公言しておらず、あくまで趣味として写真を撮っていた節があります。

しかし実際彼女の撮った写真は非常に魅力的です。センセーショナルな部分が先行してしまうため、それで持ち上げられてるだけではないのか、と勘ぐりもしたくなりますが、写真の分からない私でも「あ、いいなこれ」と直感的に感じてしまうのですから、世界中の人が熱狂したのも頷けます。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

それにしては15万枚という数は趣味の範疇を超えています。知人だけには配ったり送ったりしてた、なんてなプライベートな範囲ですら見せていなかったのですから、純粋に「なんで?」と首をかしげざるを得ません。


しかし、映画をみるとそれなりに彼女の人となりのヒントは垣間見えます。
自分を写したセルフポートレイトが幾つか出てきますが、そこで写ったマイヤー氏の顔をみた私の第一印象は、
「なんか凄い闇をかかえてそう」でした。
こればっかりは感覚的な物で何とも言えないのですが、お世辞にも彼女の顔は健気な物とはほど遠く感じたのです。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

生前の彼女を知る人達のインタビューで分かることはそれを裏付けるもので、気難しくて口数少なく、変わり者だったということ。この辺は皆共通したマイヤーに対する印象みたいで、要するに少し近寄りがたい変人、という感じでしょうか。


それにしては、彼女は乳母という職に就き、沢山の子供達と一緒に時間を過ごしていたことになります。人付き合いが苦手、というような内向的な人間がやるような仕事じゃありません。そういう意味では彼女は決して人見知りではなかったのでしょう。
実際、彼女が撮った写真の、大半の被写体は人物像です。
これは彼女の写真がその他大勢のアマチュア写真と一線を画する大きな理由の一つだと思います。

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彼女はローライフレックスというカメラを愛用していました。このカメラ自体が味のある良い写真が撮れてしまうため、多分にカメラの性能による影響もおおきいのでは、とも取れるのですが、これでアマチュアが撮ってもせいぜい風景写真に終始してしまうのがオチです。

しかし彼女は街行く人達を切り取るように、あるいは肖像画のようにアップで撮ったりしています。だからこそ彼女の写真は他の写真と大きく違く見えるのだと感じました。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

今じゃスマフォやデジカメでトイカメ風の写真を簡単に撮れるため、ど素人でも良い感じの写真を残せる時代です。
下の写真はスマフォアプリのHipstamaticで私が撮った写真で、そこそこ良い感じの物が取れたと思うけど、やっぱり所詮はただの風景写真。

ヴィヴィアンマイヤーのような、その時代、その時間を切り取ったような写真を見るに付け、プロとアマ、写真に対する向き合い加減の違いを大きく感じます。
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それと個人的意見ですが、彼女によるローライフレックスの写真がスクエアの正方形だったというのも、インスタグラムなどでスクエア写真が一般的に浸透している今の時代にフィットし、大きな反響を得た一端を担っているのではないか、とも勘ぐってしまいましたが。
(まあ彼女の発見直後にインスタは流行ってなかったけども)

彼女の代表的な写真の一部は公式サイトで見ることが出来ますが、意外だったのは、70年代以降に撮られるようになったカラー写真。
実は個人的にはモノクロよりカラー写真の方が魅力的に見えました。有名なライカ等で撮ってるようなのですが、色合いと言い、構図と言い、もうアマチュアって感じがしないですね。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

しかし、こういった写真を見る度、どうしても「なぜ公表しなかった?」という想いに立ち返ってしまうのですが。
映画でも色々憶測は出てますが、結局彼女が亡くなってしまった後では、その真相は永久に闇の中です。
それだけに、マルーフ氏が2007年にネガを発見し、最初にネットで公表した次点ではまだ彼女は生きていて、本格的な捜査が始まった頃には既に亡くなってしまっていたのが本当に口惜しい(2009年没)。
映画を撮っている時にまだ彼女が生きていたのなら、彼女ははたしてこの大量のネガをどうして欲しいと言ったのでしょうか。今の大反響をどう感じたのか。
「きっと嫌がっただろう」「あと一押しの勇気が持てなかっただけだから好意的に受け取るだろう」色々憶測は言えるけども、明確な答えがでるわけもなく。

ちなみにアマゾンのレビューで本映画に対し「マルーフ氏が他人の遺産を利用して金儲けしてるだけ」とか辛辣な意見が出てて。はあ?と思ってしまいましたが。

15万枚ものネガを掘り起こしたマルーフ氏の行動力は並大抵の物とは思えません。あらゆる場所からマイヤー氏のネガを買い集め、美術館に保管を願うも断られ、結局自ら写真を管理・現像する事になったのですが、実際凄い時間とお金が掛かっているでしょうし(発見から映画公開まで6年もの歳月がかかっている)、その熱意は、多少邪な気持ちがあったとしても、賞賛に値すると思います。
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マイヤー氏がそれを望んだかどうかは結局知る由もないけど、少なくとも我々が知ることが出来たことの意味は大きかったと思います。
なにしろ、貸倉庫に大量にあったネガは行き場を失い処分されかけていたのですからね。
まあ要するに、マルーフ彼自身が一番の彼女のファンなんだな、と言うことに尽きると思うのですが。つまるところ、彼女の写真のファンといより、彼女自身のファンっていう意味での。


でも、ファンの想いと作者自身の想いは決して相通じるものとは限らない、というのを、以前ここでも紹介したことのあるゲーム「The Beginner's Guide」でつい考えてしまうのですけど。

そう思うと、ますますマイヤー氏の心情が謎に満ち、不可解ですね。
でも、ひょっとしたら、というのはあって、彼女が一切写真家という肩書きを名乗らなかったのは、「自分に写真家などと語る資格があるとは思えない」という、自虐的な一面があったのでは、という推測です。
自分の世界に引きこもってる人間ってのは、基本的に社会のはみ出しものって意識が強いから、自分の作品が受け入れられる訳がないって思いがち。だから怖くて世に出せない。勇気を出して見せて「くだらない」ってもし言われたら辛すぎる。だから怖い。だってもう傷つきたくないし。

勿論これもだたの憶測でしかありません。
でももしそうだったとしたら、世間から自分の作品が受け入れられたのなら、純粋に嬉しいと思ったはず。
まあ私が割とそういう人間だからって事もあるから、ひょっとしてそうなんじゃないかなって気がしただけです。
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(C)2016 Maloof Collection, Ltd.

私が漫画家を諦めてひっそりとWEBで公開したのもそれに近いのかもしれないね。
私の場合、脳内に垂れ流すばっかりでちっとも形にしてないぶん、マイヤー氏には足下にも及ばないのは明らかですけどね・・。
あーいかんね。もっと自分の世界を形にしないといけないね。

公開するかどうかは別にして(え



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posted by KS(Koumei Satou) at 20:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

君はもしかして・・・んなわけないか

「プリデスティネーション」というSF映画をレンタルで見ました。
非常に興味深い映画で、面白かったです。
という訳で、今回はこの映画の感想をちらっと書こうと思います。
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(C) Predestination Holdings Pty Ltd.

私はここ最近、事前情報もそこそこに、どんな内容の映画なのか良く分からないまま見ることが多くなりました。
宅配でいとも簡単に借りられるようになったお手軽環境も理由として大きいでしょう。あらずじも深く読み込まず、「お、面白そう、ポチ」って感じで借りてしまうので。
更に最近はアマゾンのプライムビデオも始まり、これも結構危険ですねえ。興味も無いのに次々試し見していつのまにか時間が・・・なんてことも。

今回の映画もまさにそんな感じで、ほぼ内容も知らずに見た映画です。せいぜいSFタイムスリップ物だ、という事前情報だけで。
ただ、それが今回も非常にプラスに働いたと感じます。やっぱり映画は頭をからっぽの状態で見た方が変な期待もせずに見れるので新鮮な気持ちで話に没頭出来ます。


この映画は、起きていた(はずの)大厄災を、タイムスリップして未然に防ぐことを生業としている時空警察の話で、このエージェントである主人公が任務のために過去にタイムスリップして物語が始まります。

・・・・で、ここで紹介するからには、当然この後の展開を多少なりとも説明するべきなんですが・・・。この映画の醍醐味を取っておくべきだと考えると、実はもうこの時点で説明できないんですよね・・・(はやっ)。
とにかくこればっかりは見て欲しいとしか言いようがなく、SF物に飢えている方には特にオススメです、としか。

展開としては結構意外な方向に話が進むため、面食らう方もいるかもしれません。でもこれも大きな伏線であり、最終的にひとつに繋がっていく構造なのが見事でした。
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この映画には原作があり、SF小説の巨匠ロバート・A・ハインラインが書いた短編小説が元になってます。この邦題が既にプチネタバレみたいな物になってるためあえて伏せておきますが、とにかくテーマとしては、他のタイムマシン物の小説や映画でもあるように、タイム・パラドックスを扱っています。

映画でも小説をかなり忠実に再現しているらしく、勿論テーマも同じです。元々ショート・ショート並の超短い話なんだそうですが、それを一本の映画としてまとめたという意味では、非常にうまいこと作ったと思うと同時に、「それでああいうシーンが延々と続く訳か」と納得もいきました。


なお、こういうタイムスリップ物は時間軸があっちへいったりこっちへいったりと激しく前後することが多いので、とかく話がややこしくなる傾向が多いですが、この映画も少々ややこしい映画だと言えます。
ただ、他の映画と比べれば割と分かりやすく作っている方で、結局何が起きているのか分からなかった、という事にはならないと思います。

逆に、ちょっと親切に描いてしまっている事が裏目に出て、最後のオチや、重要な伏線を結構早い段階から読めてしまう人は割と居ると思われます。
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実際、私もオチは大体予測ついてましたしね。でも、そこはさして重要ではなく、そこへ至るプロセスを描いた話でもあるので、大してマイナスには感じませんでした。

とにかくこの映画は、実に斬新な方法でタイム・パラドックスを提示している点で非常に興味深い映画でした。このプロットである原作が既に50年以上も前に作られていた事実に驚愕です。

低予算で派手なシーンもほとんど無いため結構地味な印象の映画ですが、SFドラマとして非常に見応えがあるので、興味がある方はレンタルで探してみてください。
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・・・そういえば最近某国民的アイドルグループの一人が、世界を救うためにタイムリープしてるのではないか、という都市伝説が飛び交い話題になってましたね。
じゃあ、あれですかね、その彼もこの映画で出てきたような時空警察のエージェントって事になるのかな?

本人がこの説に対して公式に否定する事態にまで発展しており、よっぽどみんな解散騒動でナーバスになってたんでしょうかね・・・(爆)。



さてと、そんな話はさておき、流石にこれだけでは書き足りないので、ネタバレを含む感想を以下に記しておきます。
未見の方はご注意ください。

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posted by KS(Koumei Satou) at 22:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

マネジメントがあなたを見ている

テリー・ギリアム監督の最新作映画「ゼロの未来」をレンタルで鑑賞しました。
今回はその感想とかを書こうかと思います。
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(C) 2013 ASIA & EUROPE PRODUCTIONS S.A. ALL RIGHTS RESERVED.

ギリアム監督と言えば「映像の天才児」たる異名を持つ、非常に独特な世界観の映画を撮ることで有名です。
未来世紀ブラジル」や「Dr.パルサナスの鏡」といった、非常にシュールな世界観で人を選ぶような内容の物から、
12モンキーズ」や「ブラザーズ・グリム」のような比較的万人でも楽しめるような作品も作っていますが、一貫して他の映画にはない独特な雰囲気やビジュアルが特徴で、私も少なからず影響を受けており、特に「未来世紀ブラジル」は見たときはかなり衝撃的な印象を受けたのを憶えています。

で、今回の「ゼロの未来」です。
予告のビジュアルからして、まるで「未来世紀ブラジル」の21世紀版みたいな印象を受ける世界観にビビッと来ないギリアム映画ファンはいないでしょう。
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元々映画の原題は「ゼロの定理」ですが、それを未来に変えているのは、単純にその方が見栄えがいいからという理由以外に、「未来世紀ブラジル」を意識しているのは明白かと思います。
まあ余計な話ですが、そもそも未来世紀ブラジルの原題は「ブラジル」という一単語のみ。流石にそれでは売りにくいと考えたか、特に未来を描いたSFという訳ではないけどSFっぽい世界観だったので、未来という単語が追加されたのかも。


ただ、未来世紀ブラジルが非常に人を選ぶ映画だというのは、ギリアム映画ファンならよく分かっていると思うのですが、それによく似た映画とあっては、正直映画としてはあんまり期待はしていませんでした。(え
ギリアム映画は、見た目から来るビジュアルは相当に刺さる物はあるものの、展開やストーリーが独特かつ、ブラックな笑いや意地悪な演出が多いので、意外とお話的に面白いとはお世辞にも言い難いんですよね。

なので今回の映画は、ギリアム監督独特の世界観を堪能するのが主な目的でした。つまり、ストーリーなんぞ二の次。

で、実際に見てみたら、本当にストーリーが二の次状態になってて、ちょっと愕然(笑)。
いや、分かってたよ、分かってたけども、その予想を上回る程の展開だったのでちょっとビックリしてしまったという。

下手をすると未来世紀ブラジルよりも遙かに人を選ぶ内容の映画になっていると感じました。
いやまあ、面白かったんだけどね。結局。

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物語の主人公であるコーエンは、人付き合いが苦手な所謂「社会不適合者」で、自分の仕事を在宅で済ませたいと会社に懇願していた。
彼の自宅にかかってくる、ある電話を待つために。

そんな中、会社から在宅で行う仕事がコーエンに任される。それは「ゼロの定理」を解明する仕事で、非常に難題とされるプロジェクトだった。
そんな折、彼に興味を持つ女性や、会社のマネジメントの天才息子がやって来るようになって、彼の環境は少しずつ変化していく。
はたして、ゼロの定理は解明されるのか? そもそもゼロの定理とは・・・。


今回の映画、未来世紀ブラジルを思わせるような独特な世界観で、一体いつの時代の話なのかは明確にされていません。
どこかの架空の世界のお話かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、未来世紀ブラジルよりかは、割とSF的要素は大きかったように感じます。言わば、未来社会を描いた作品であることは間違いない(少なくともそうであるかのように見える)からです。

しかし、その社会の描写は相変わらず奇抜なセンスが冴え渡ります。
秋葉原を参考にしたと言われる派手なカラーリングの街並みや、まるでゲーセンのアーケドマシンみたいなオフェス、液体で表現されたプログラム・データなどなど。
しかしこれらの描写はあながち現実を無視した奇抜なデザインとは言い切れないのが今回の映画の面白い所です。

例えば、カラフルな街並みは、広告で溢れかえればやっぱりアキバみたいに必然と暴力的なまでに色遣いが派手になるので、かつてのSFで表現されていたような、色が統一されたダークトーンな世界観よりも説得力があります。

まるでゲームでもやってるようなオフェスでの作業は、プログラミングやパソコンのアプリケーションが、より誰でも扱いやすく進化した結果であり、ここまで極端な物ではないにせよ、将来的に目指されている形であることは間違いありません。
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そんなわけで、「おや、意外とちゃんとSFしてる?」と思った本作、そういう意味では非常に楽しめた映画でした。


ただしストーリーに関して言うと、もう難解の一言に尽きます。
元々、あらゆる事に関して説明が詳しくはされないため難解と言うより、説明不足で入り込みづらい映画、という方が正解なのかもしれません。
なので、最低でも2回は見ないと本質的な物が見えてこないかも。

ただ、ビジュアルだけでなく、ストーリー的にも「未来世紀ブラジル」を意識したというか、それに近い物語ではあると思います。
秀才だが、社会との関わりを避けて妄想の世界に生きていた「未来世紀ブラジル」の主人公サム。
コーエンは割とサムの立ち位置に近い存在であり、進んでいく道筋も、割と近い物があります。
これ以上言うとネタバレになってしまうので言えませんが、本当に「未来世紀ブラジル」をもう一度最適解を模索して作り直したんじゃないか、と感じる部分もありました。

しかし結局何が言いたかったのかも明確にはされないので、ラストの展開とかはどうとでも解釈できる物なため、
「・・・は?」って感想を持つ人は多そうですね。
実際、そういう意見が出ても仕方ないと思います。演出や表現は極めてわかりにくく、私も、正直全部を理解できていません。

とはいえ、この映画は別に社会全体を風刺して捉えているような大それた映画ではなく、コーエンという生きていくのが下手くそな人間をひたすら描いている、割と小さな世界観の映画である、というのはおおよそ分かるのですが。
詳しい解説は、もっとコアな映画ファンに譲るとして、個人的にこの映画で気になった点をもうすこし深く掘り下げてみます。


私が気になったのは、やっぱり前述もした、コーエンがやってる仕事の描写ですね。
キーボードの代わりにゲームコントローラを持ち、画面も本当にゲームをやってるような3Dグラフィック画面。
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正直、ゼロの定理の解析自体にどんな意味があるのかも分からないので、作業工程も結局意味不明ではあるんですが、恐らくプログラミング的作業をビジュアル化してわかりやすくした物だと思います。
監督としては、多少なりとも皮肉を込めてこのような形にしたのかもしれないけど、これってビジュアル・スクリプティングの究極的完成系なのかもしれません。

個人的には、これって要するにレベルデザインツールみたいな物だよなあ、と感じたわけで、誰もが扱えるように全てGUI化して操作を単純に、極力プログラミング要素を廃して全てビジュアル化する、という概念がレベルデザインツールによって磨かれてきた分野であり、そのレベルデザインツールに慣れ親しんできた身からすると、前述したように、この映画で描かれている世界観はあながち奇抜とも思えず、むしろ「こうあってほしい」と思える物でした。

てなわけで、この描写には個人的に興奮を憶えてしまった訳ですが、まあそういう事を抜きにしても、相変わらずのデザインセンスに惚れ惚れします。


まあ結論としては、ギリアム映画ファンには間違いなく必見、それ意外の方にはまあ・・・・どちらでもどうぞ、という感じでしょうか(爆)
ただ、ギリアム監督にしては、彼特有の毒っぽさは控えめだったので、そういう点では割と見やすい方だったかも。脚本が今までと違う人なのでその影響もあるのかもしれませんが。だから個人的には割と気に入ってます。

コーエンという主人公に好感が持てたのも良かった。彼は気難しくて取っつきにくいキャラクターですが、なんかほっとけないオーラが出まくっていて、母性本能をこれでもかと刺激します。日本語吹き替えでは声優さんの演技が見事にはまっていて必聴ですよ。
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個人的にギリアム映画の傑作は「未来世紀ブラジル」ではなく「12モンキーズ」の方だと思ったりしてるんですが、これは彼の独特のビジュアルセンスを保ちながら、割と入り込みやすい世界観とストーリーを持ち合わせているからです。ラストは一部分かりにくくて賛否を引き起こしていますが、理由が分かると、凄くいい映画だと思えました。

ギリアム映画未体験の方は、まずは12モンキーズで体を慣らしてからブラジルや今回のゼロの未来を見た方が良いかもしれませんね。最初からは中々ハードルが高い。


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最後に、ここのシーンも個人的には「おや?」と釘付けになったシーン。
テーブルの上にあるのって、KIKKERLANDのゼンマイおもちゃではないか・・・・! でも、多分これ映画用のオリジナルモデルっぽいですね。




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posted by KS(Koumei Satou) at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする