2017年03月26日

雑音と音楽と無の狭間で

しばらくゲームの話題が続いたので久しぶりに別の話題を、ってそういうつもりで用意した訳ではないけど、
以前からちょっと取り上げたいなあ、と思ってた事があるので、今回はその話題を。

池田亮司(Ryouji Ikeda)についてです。

一応音響系(ミュージックコンクレート)のミュージシャンとして有名な人なのですが、本国でどれだけ知られているのか結構疑わしいですよね。
元々こうした実験音楽系がマイナージャンルなので仕方がないですけど、彼が基本海外で活動している事もあって、ライブ活動も基本的に海外中心というのもあるでしょうか。

私が彼のことを知ったのは2000年前後の事だったでしょうか、丁度この頃音響系のサウンドにプチはまっていた時期だったため、カースティン・ニコライが主催するRaster-Notonレーベルの曲を良く買っていたのですが、その中にRyouji Ikedaの名前があったのがきっかけです。
ks_ryoujiikeda1.jpg

彼はかなり早い段階からこうした音響系のサウンドを展開していたため、音響系のパイオニアの一人として語られることが多いようですが、で、実際彼がどのような音楽を制作しているかを説明するとなると、うーんはたして彼の魅力を充分に伝えることが出来るかどうか、私の文才ではかなり疑わしいところがあるのですが・・。

とりあえず音響系、という所から始めなくてはなりませんが、様々な街に溢れるノイズや音源などを利用して曲を再構築する事が一般的に知られていて、ノイズミュージックに近いと言えば近いのですが、シンプルな技法の物が多く、ずっと昔に紹介したことのあるフランシスコ・ロペスなんかを連想していただくと分かりやすいです。

フランシスコ・ロペスがフィールドレコーディングを中心とした環境音を構築していくのに対し、Ryouji Ikeda氏は周波数やグリッチノイズといった、所謂ノイズ音源を利用してミニマルパターンを構成し、一定のリズムを構築していくのが特徴です。

ノイズパターンをリズム化して一種のテクノミュージックにする技法は既に様々な人達が試みている事ですが、彼はその中でも非常に徹底しており、ピーっとかジーッとかいうコンピュータが一般的に発するようなノイズ音を、それこそ本当に一定間隔で並べただけみたいな超シンプルなサウンドを展開しています。

よもすると、本当にこれは音楽なのか?という疑問を持つ方も出てくるでしょう。フランシスコ・ロペスなんかもまさにそういった疑念を常に持たれてしまう宿命にあるようなサウンドですけど、Ryouji Ikeda氏のサウンドは、実はロペスよりかはずっと分かりやすいと思ってます。
なぜなら、一定のリズムを刻み、徐々に変化、構成されていくサウンドは、単純とはいえ音楽の文法な訳だし、ミニマルミュージックやテクノの文脈にかろうじて入っていると思うのですよ。

特にそれが分かりやすいのが初期の頃のアルバム「+/-」辺りのサウンドで、Headphonicsなんかは彼なりのテクノミュージックとも言えるものであり、クラフトワークなんかの非常にシンプルなテクノが好きな人だったら結構琴線に触れるんじゃないか、とさえ思います。
逆に言うと、こんな単純な手法でも成立し、音楽に聞こえてしまう、というのが凄いことでもあり、当時はテクノ畑の人達を騒然とさせたらしいです。


実際私もそういった超シンプルなテクノミュージック部分を気に入ったわけで、彼のアルバムは当時結構買いあさりました。

しかし、彼の形作る音の世界観は中々にしてマニアックなため、周波数が徐々に高音から低音に移り変わるだけとか、不規則にノイズパターンが展開するとか、音楽スレスレ、というかもはや音楽とは言い難いレベルの物もあるので、やはり紛う事なき音響系の人と言えるでしょう。


しかし、彼のサウンドを理解するにあたり、やはり音楽だけでは不十分であり、映像や、その場の空間自体も込みしなければならない、と言うのは、彼のDVD作品「Formula」を見たときに強くそう感じました。

バックに映像を映し、音とシンクロさせる事で、より音の重要性が増し、単純なパルスやノイズがきちんと意味を持って配列されている事が強調されるように感じました。

実際、彼のライブはこのような形態の物が多く、元々パフォーマンス集団「ダムタイプ」の音楽を担当してる事もあり、舞台のパフォーマンスとバックに流れる映像のフッテージ、さらに音楽をシンクロさせるダムタイプの手法は、現在のRyouji Ikedaの作品と同じであり、その延長線上にあると言って良いです。
これらの映像と音をシンクロさせた彼の作品群は、恐らく入念な計算と意図を元に、緻密に構成されていると思うのですけど、頭の弱い私にはその意図するところは全く理解できないけども(爆)、非常にSFチックかつ、幾何学的な世界観は、個人的に好みなのでツボにはまりまくったわけで、結局音響系と呼ばれるサウンドに皆共通している部分でもあり、だからこそ一時期自分の中でブームになっていたんだろうと思われます。


最近では、映像をプロジェクターで上から投射し、観客の中に直接作品を浴びせる、というインスタレーションなんかも行っていて、なんというか、これはダムタイプで行っていた技法を、そのまま素人の観客を巻き込む形で発展させていった感じで、勝手に思い思いに動き回る観客の影やコントラストも作品の一部になっている、という気がしますね。


こういった作品群をみると、どことなく昔我々がSFなんかに思い描いていた、「なんかよく分からないけど凄い計算をしている」みたいなスーパーコンピュータをひねくれた形で再現しているようにも思え、音楽的にもビジュアル的にも非常に興味深いです。
実際彼のアルバムジャケもトータルコンセプトのように一貫してシンプルかつ幾何学的であり、非常に緻密に計算されたような意図を感じます。だからこそ、当時の私のコレクター心をくすぐったと思うのですが。

ここ最近の彼はRaster-Notonから3部作としてアルバムを出したりしていますが、近年の彼のサウンドは非常に高速かつラウドな感じになってきており、あまり私は好きではありません。
個人的には初期の非常にシンプルなサウンドの方が好みで、前述した「+/-」や「Time And Space」のTime、「0°C」のZERO DEGREES、「Matrix」のディスク2あたりが自分のツボでした。
あと、やはり映像込みの方が絶対彼の世界観が分かりやすいので、DVDの「Formula」が個人的に一番オススメなんですが、絶版なので入手難なのが勿体ない。
そういう意味じゃダムタイプ名義の「Memorandum」なんかはDVDでも出てるし、サウンドも分かりやすい方なのでオススメかと思います。
というか彼の映像作品があんまり出てないのも勿体ない話ですね。

一応彼のアルバムはItunesなんかでも買えるので、興味ある方はそこで買うのが無難ですかな。




今は金銭的に厳しい状況が続いているせいで、中々こうした音響系のサウンドを買うのが難しくなってしまった手前、紹介しときながら、あんまり最近追っかけてないんですよね。
彼の作り出す作品は空間込みで体験してこそなのはやはり音響系のサウンドに共通する所なので、実際に体感しないといけないんですけどね。
元々頻繁に日本でイベントをやってる訳でもないので難しいのですが、機会があっても重度の出不精で絶対出向かなさそうなんだよねー自分(オイ

というか、多分人がごった返しているところに行きたくない、というのが本音なんでしょうな。それが大規模小規模関わらず。
まー自分がこんな不甲斐ない状況なので、この記事で少しでも彼のことを知ってもらって、音響サウンド、音響テクノといった世界に足を踏み入れていただくと幸いです(何様だ)




web拍手 by FC2
posted by KS(Koumei Satou) at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック